研究の目的
  全身の血圧や血流は主に血管緊張度(抵抗)の変化によって調節されている。血管の緊張度を決定する主要な因子は、平滑筋細胞の細胞膜の過分極および脱分極に伴うCa2+ 流入量の変化(すなわち平滑筋細胞内Ca2+ 濃度変化)である。これまでCa2+ 流入経路として、dihydropyridine(DHP)感受性、高電位活性化型、L型Ca2+ チャネルの重要性が強調されてきた(図1)。しかし実際に血圧が最も有効に減少するのは、外径数十ミクロン程度の一層の平滑筋細胞からなる末梢抵抗血管領域であることは良く知られた事実である(図2)。それにもかかわらず、これまでの研究の大半は、主として技術的な困難さから、外径が比較的大きく(100〜1000μmの範囲内)、数層の平滑筋を有する中枢側の血管に限られて来た。


 最近、我々を含む世界の幾つかのグループが、内臓器の細動脈領域には、DHP非感受性Ca2+ チャネルが優勢に発現し、その分布する臓器の特異的な機能の制御に密接に関わっていることを発見した。例えば、モルモットの小腸粘膜下動脈や腸間膜動脈最終分枝以降の末梢血管部では、nifedipine非感受性、電位依存性Ca2+ チャネル(NI-CC)の割合がほぼ100%になることが、我々自身の研究から明らかになった。このCa2+ チャネルは、その生物物理学的性質(活性化、不活性化のキネティックス)や薬理学的性質(各種チャネル阻害薬に対する感受性)が、これまで報告されているCa2+チャネル(L, N, P/Q, R, Tタイプ)のそれと決定的に異なっており、全く新しい遺伝子でコードされている可能性が高い。そこで本研究では、このCa2+チャネルの選択的阻害薬を開発し、これを用いてこのチャネルの生理的役割を明らかにすることを目的とした。

図3.



上図のa及びbの部位から血管平滑筋を単離し、パッチクランプ法によりCa2+ 電流を計測すると、血管径が小さくなる(下流)程、L-type Ca2+ チャネルの阻害薬であるnifedipineによって阻害さる成分が顕著に減少し、末梢部では殆ど消失し、nifedipine抵抗性のCa2+ 電流(NI-CC)のみが存在していることが分かった。

結果の要約

(1)




ウサギ、モルモット、ラット腸間膜動脈最終分岐部及びそれより末梢部から酵素的に単離された平滑筋細胞にパッチクランプ法を適用して、高電位で活性化され速やかな不活性化を示すDHP非感受性Ca2+ チャネル(NI-CC)が存在することが明らかになった(図3)。

(2)






ウサギ、モルモット、ラットの全ての種において、NI-CCはN型及びP/Q型Ca2+チャネルの選択的阻害薬であるω-conotoxin G VI A、M VII C及びω-agatoxin IVA(各1-5, 1-5, 0.1μM)で抑制されなかった。しかし、T型Ca2+チャネル及びR型Ca2+チャネルを強力に抑制するmibefradil、T型Ca2+チャネルを抑制することが報告されている arylpiperadine 誘導体(Snp200003) は、ラットNI-CCを同等かそれ以上の阻害効力で抑制した。

(3)


各種蛇の毒腺から得られた抽出物(粗毒)には、ラットNI-CCに対し阻害効果を示す分画は発見できなかった。

(4)




モルモットNI-CCに対する種々の血管作動性物質物質の効果について検討した。このうち末梢血管交感神経の主要な伝達物質であるATPは、異なる2つのP2Y受容体を介し、低濃度で増強、高濃度で抑制の二相性効果を示した。このことは、NI-CCの活性が、交感神経の活動性によって効果的に制御されていることを示す。

(5)


(2)で得られたmibefradilを用い、ウサギ腸間膜動脈最終分岐部近くから得られた筒状標本の血管径(緊張度)に及ぼす効果を検討し、末梢血管においてNI-CCがその緊張度の維持に寄与をしていることが明らかになった。


研究課題:
新型ジヒドロピリジン非感受性電位依存性Ca2+チャネルの選択的阻害薬の開発とその末梢循環調節における役割の解明
研究組織: 医学系研究科・理学研究科
審査部門: 生命科学  採択年度:H12-H13  種目:B  代表者:伊東 祐之(医学系研究科 教授)