アジアにおけるコミュニティを基礎とした
持続的地域資源の条件解明と国際貢献

研究代表者: 佐藤宣子 (農学研究院)

研究背景

 アジアの森林問題は、「地球温暖化対策」・「生物多様性の保全」・「貧困克服」という国際社会が抱える3つの重要課題(グローバル・イシュー)と密接な関連があり、国際貢献が強く求められる分野です。またアジア諸国では地方分権の推進に伴い、資源管理の権限の中央政府から地方やコミュニティへの移譲が進行中です。そのため「コミュニティを基礎とした持続的地域資源管理」を確立することは、地域住民の生活を向上させるのみならず、グローバル・イシューを解決に導くために不可欠となっています。

研究の着眼点と目的

「地域資源」は、各々の資源が相互作用を及ぼしながら存在しています。例えば、 「森林資源」の持続性は、農業(森林から農地への転換)と密接な関係があります。また資源管理の主体である「人的資源」も、資源の持続性に影響を及ぼす一方で、各々の資源は人的資源の質の保持と向上に寄与しています。更に近年、持続的に管理された「従来型資源」「新型資源」として新たな価値が創出されている事例(エコツーリズム・炭素クレジット・遺伝資源・生態系サービス支払等)も多く見られます。
 本研究は、森林資源と他資源(従来型資源・新型資源・人的資源)との有機的な関係性及びコミュニティを基礎とした資源の保全と持続的利用を実現するための条件を解明することを目的としています。


研究方法

 地域資源の有機的な関係性を解明するためには、文理融合型の学際的な研究が必要です。本研究では、農学研究院・工学研究院・言語文化研究院から構成される学際的な研究チームによって地域資源の一体的把握を試みました。
 またガジャマダ大学森林学部と共同でインドネシアをコアサイトとし、@国有林の分収型森林管理(2村で54名に聞き取り調査)、A小規模私有林のユニットマネジメントと森林協同組合(1村で85名に聞き取り調査)、B森林資源の畜産資源への活用(2県4村で400名に聞き取り調査及びグループディスカッション)、C伐期がチーク材のクオリティーに与える影響(国有林で大径木1本・私有林で小径木3本を採取)、D環境支払サービスに対する価値支払意志(1県4村で各集落人口の4%を対象に聞き取り調査)に関する調査を実施しました。また本学教員・留学生と関連の深い関連諸国(ベトナム・カンボジア・ミャンマー・バングラデシュなど)で研究を展開しました。



 

研究成果

@国有林の分収型森林管理(PHBM)

 地方分権推進下のインドネシアでは、2001年以降「国営林業公社」(Perum Perhutani)によって「コミュニティとの分収型森林管理」(PHBM)が順次導入され、ジョグジャカルタ特別州を除くジャワ島内の全ての国有林は現在PHBMによって管理されています。本研究では、中部ジャワ州プマラン県のPHBMに焦点を当て、PHBMによる森林管理の実態と問題点を明らかにすることを目的に、フィールド調査を実施しました。その結果、社会経済背景の変化に応じた柔軟な分収のあり方が長期に渡る森林管理に極めて重要であることを提言しました。

 

国有林内における
アグロフォレストリー
チーク早生樹種(JPP) (植林後7年目)
伐採前のチーク
立木乾燥
木材分収益によって
整備された集落道

 

A小規模私有林のユニットマネジメントと森林協同組合

 近年インドネシアでは、小規模私有林(Hutan Rakyat)が木材生産の場として、注目されるようになってきています。本研究では、私有林のユニットマネジメント化の取り組みを通じて森林協同組合が設立され、2006年に森林認証を取得したジョグジャカルタ特別州・グヌンキドル県のKoperasi Wana Manunggal Lestariを事例に、私有林の管理実態と持続的管理を阻害する要因を明らかにすることを目的に、フィールド調査を実施しました。その結果、農民個人の経済的理由(主に子供の教育費獲得)による未成熟木の伐採、相続による林地の零細化や都市への移住による不在村森林所有者問題は、私有林の持続的管理を阻害する社会経済的要因であることを明らかにしました。

 

カルスト地帯にある
チーク私有林
私有林で産出された
認証チーク材
森林協同組合事務所
取得されている
LEI森林認証

 

B森林資源の家畜飼育への活用(Silvopasture)

 森林近隣にあるコミュニティは、森林資源を家畜飼料の採取のためにも活用しています。本研究では、畜産資源と森林資源との相互関係を解明するために、ジョグジャカルタ特別州グヌンキドル県・中部ジャワ州プラマン県で集落調査を実施しました。その結果、牛と山羊が広く一般に飼育されており、畜産資源は、農業収入に次いで、単純労働・交易と並ぶ重要な家計の収入源であることを明らかにしました。

 

家に隣接した家畜小屋 飼育されている山羊
居住地近くの森林での
採草(家畜飼料)
センゴン・ラウトの葉
(山羊の飼料)

 

C伐期がチーク材のクオリティーに与える影響

 チーク材は、耐朽性・寸法安定性・装飾的価値が高く、建築材、内装材、家具材や船舶材等に広く利用されてきました。世界のチーク林の35%以上はジャワ島に存在し、近年国有林から産出されるチーク材が減少しており、今後は私有林からの産出が増加すると予想されています。本研究は、伐期齢が材のクオリティーに与える影響を明らかにするために、短伐期(14〜16年)の私有林と長伐期(51年)の国有林で収穫されたチークの木材性質(成長輪幅・気乾密度・心材率・収縮率)の樹幹内変動を比較しました。その結果、私有林と国有林の材のクオリティーは大きく異なり、伐期齢を伸ばすことで、耐朽性・寸法安定性、装飾的価値が高い丸太を得られることを提示しました。

 

チークの木彫りの絵画
(ラーマヤーナ物語)
有林における試料木
採取の様子
心材率の比較
[左:国有林(51年生)・右:私有林(16年生)]

 

D環境支払サービスに対する価値支払意志(Willingness to Pay)

 森林環境サービスに対する地域住民の価値観について明らかにするため、森林からオイルパーム・プランテーションへの転換が進行しているリアウ州・ブキット・スルギ保護区を事例に、シアック川の沿岸に位置するダヨ村・スリギ村(上流部)、メランティ・パンダック村(中流部)、パルー村(下流部)の4村で「価値支払意志(Willingness to Pay)」に関するインタビュー調査を実施しました。その結果、73%の回答者がブキット・スルギ保護区を保全するための支払意志を有し、上流部と下流部で高い傾向を示しました。その一方で、支払意志のない回答者は、同保護区の保全は、政府の責任であると考えていることが明らかになりました。

 

ブキット・スルギ保護区に
残存する二次林
パルー村での洪水
(シアック川下流部)
ブキット・スルギ保護区周辺で
拡大が進むオイルパームプランテーション

 

第1回アジア地域資源ワークショップ(ガジャマダ大学・ジョグジャカルタ・2011年3月)
研究課題:アジアにおけるコミュニュティを基礎とした持続的地域資源管理の条件解明と国際貢献
研究組織:農、生物資源環境科学府 審査部門:学際・複合・新領域 採択年度:H22 
整理番号:22101 種目:Bタイプ(九州大学のアジア総合研究)
代表者 :佐藤 宣子(農学研究院 教授)
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